ゴールは「学校に復帰すること」ではない

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以前、知人のお母さんで

お子さんが「行きしぶり」で困っているという話をききました、

不登校の初期対応は「とにかく休ませる」
知人のお子さんが不登校状態にあるようです。「寄り添って休ませたい」お母さんと「後が大変になる」と反応するお父さん。不登校のお子さんには「とにかく休ませる」ことが必要です。
Six Shifts 自分らしく生きる新時代の人生戦略

のご家庭です。

その後の話を聞くと、

教室にはほとんど行くことができず、

「特別支援学級」という名の教室に、別室登校をしているそうです。

この学校では不登校児童の通う場所としての教室を、「特別支援学級」と呼んでいます。
学校によって違うのかな、と思いました。

この教室は、過去、

私の子どもも通った教室です。

指導する先生も同じ方で、

私は、子どもが

別室登校を始めたばかりの

当時のことを思い出しまし、

「大丈夫かな」

「無理してないかな」

という気持ちを

率直に抱きました。

「おいていかれるぞ」という責め苦

初めにいうと、

私の子どもが通ったその「特別支援学級」は、

「通常のクラスに復帰すること」を目指したものでした。

学校の中にあるのですから、

それはあたりまえのことですよね。


このクラスで指導を行う先生は

過去に校長を経験した方でした。

そして、その先生が校長を努めていたころも

不登校で学校に来れない中学生に

何人も接しており、

いわゆるベテランだと理解していました。

そして、初めてお目にかかった時に、

「不登校児が、卒業式に一人で卒業証書を受け取るのはとても寂しいことだ」

というお話をしており、

そのことが私にも強く印象付けられました。


先生のこの思いは、

日常の指導にも強くあらわれており、

なるべく授業のペースを落とさない

ということに一生懸命で、

ちょっと休む

ペースを落として、心身を整える

という場所ではないと、

後になって感じたのでした。


その先生が、

大変一生懸命であることはわかるのですが、

「そんなんじゃダメだぞ」

というような言葉かけがあるようで、

これを正面から受け止めてしまった私の子どもは

相当キツい思いをしていたようです。

結局、このクラスに入って 2 ヶ月ほどすると

別室登校も難しくなり、

ずっと家にいる

不登校で、家から出ることもしない

という状態になりました。

私の子どもが、

そこから「レールに乗り直す」ようになったのは

ずっとずっと後のことです。

とにかく休ませる

不登校の初期対応は「とにかく休ませる」
知人のお子さんが不登校状態にあるようです。「寄り添って休ませたい」お母さんと「後が大変になる」と反応するお父さん。不登校のお子さんには「とにかく休ませる」ことが必要です。
Six Shifts 自分らしく生きる新時代の人生戦略

にも、そういったことを書きましたが、

私は

  • 学校の行きしぶり
  • 朝、心身の不調を訴える

というサインがある場合

まず休ませる ことが大切であって、

なんだかんだ説得してがんばらせようとすると、

こじれてしまいやすい

というように考えています。

それは、子どもの状態によって

まちまちではありますが、

やっぱり、思春期にある子どもが

親に弱みを見せるという

その事自体が、

なりふり構っていられないほど

追い込まれている状態にある

ことの表れである、

というように考えるからです。


そして、休息が必要な場合、

「どこで休ませるか」

も、考えなくてはありません。

ベターなのは

はじめは家で、とにかくダラダラ好きなようにさせ

本人の気持ちが外にむき出したら、

一緒に付き合って外に出ていく

ということが良く、

こういった一見遠回りなことこそが、

本当に必要なことであり、

心を育んでいく、

強い気持ちを育てていく、

そして、自分を見つけていくことなのだ

と考えています。

弱っている時に尻を叩かれる場

しかし、最初はこのようには考えられません。

「学校に行かないこと」が

不安で不安で、

この先どうなっちゃうの ?

という気持ちが

親にもありますが、

不登校の本人にも当然あって、

学校行くことができれば、なんとなく安心

と思ってしまうため、

ただ休む

ということが

とんでもないダメ人間のように

感じられてしまって、

ここに行き着くまでに時間がかかってしまうことが普通です。


私も、別室投稿を始めた当初は、

別室登校で心身を整えてから

通常クラスに復帰できれば良い

ということを、

初めは考えていましたが、

学校に通うのがキツい状態で

別室であっても

学校に行くということは

神経が休まらず、

大変な労力がかかることのようです。

さまざまなプレッシャーの中

気力を振り絞って

別室登校をしても

私の家庭の場合、

「そんなんじゃダメだぞ」など

といった言葉があり、

底から支えるのではなく、

不安にさせて尻を叩く

という対応が続きました。


不登校について、

学ぶほど、

このような対応は

子どもを追い詰めるだけであって、

不適切であると理解しました。

ここから、

たとえ特別支援学級だといっても、

支援が必要な状態にある人にとって

どんな支援が必要かということを

勉強、理解している人が

その場にいるわけではない

ということがよくわかりました。

そして、

学校関連の機関は

大抵の場合、

「学校に復帰すること」

そして

「できるだけ良い成績で」

「卒業」

させ、次にバトンタッチすること

を目指していて

やっぱりそういう成果に

神経が向いている

と感じます。

親の目指すゴールとは

けれども、

親は、

バトンを繋ぐ先などなく、

一生をかけて

子どもと向き合っていかなければなりません。

その中で、

先に死ぬであろう親が

目指すべきゴールとは、

子どもが

自分の頭で考えて物事を判断し

自分で生活していけるようになること

ではないでしょうか ?

私がそのように考えられるようになったとき、

学校というものは

必須のものではなくなって、

できること、

伝えられることは

日常の中にもたくさんあるのだと

視野を広げて考えることができるようになりました。


心身を整えて、

日々を組み立てていく姿

学ぶ姿

苦悩する姿

周囲と議論し協力する姿

そして、楽しむ姿

私たちが

生きるということを通じて

子どもたちを

自活できるようにサポートすることが

親子が目指すべきものではないでしょうか。

そうならば、

尻を叩くだけではいけませんよね。

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